10月に熊本で採択される水銀水俣条約
汚染防止へ生産、国際取引など規制
掲載日:2013/09/23

▲水俣病患者団体の村上氏(中央)、滝上氏(右)と水俣病救済法の成立を喜び合う、握手する江田氏=平成21年7月13日国会事務所
 世界の化学工場や石炭火力発電所などから排出される水銀、水銀化合物から健康と環境を守る「水銀に関する水俣条約(水銀水俣条約)」が10月、熊本県で開かれる外交会議で採択・署名される。熊本県水俣市で57年前に公式確認された水俣病の教訓と経験を世界に伝える意義を込め、条約名に「水俣」が加えられた。

 地球レベルでの水銀規制が必要となった背景と条約の概要、また、水銀の輸出国である日本が条約発効によって迫られる課題について解説する。また、条約の意義について水俣病問題に取り組んできた公明党の江田康幸衆院議員に聞いた。

 『地球規模の問題』
 『排出すると分解されず環境中を循環』


 水銀の毒性が健康や環境に及ぼす影響は重大で、特に水俣病の悲劇によってその深刻さは広く知られている。化学工場(チッソ水俣工場)からメチル水銀を含む廃水が海に放出され、それに汚染された魚介類を食べた住民が中毒性の神経系疾患になった。被害者は手足のしびれなど感覚障害、運動失調、視野狭窄などに襲われた。水銀は特に胎児、新生児、小児の神経系に有害であることも判明。胎内で水銀に侵された人の苦しみも大きい。

 水俣病は水銀による環境汚染として「人類の歴史上類例がないもの」(環境省『水俣病の教訓と日本の水銀対策』2011年)であるが、その教訓は世界で生かされていない。
 例えば、国連環境計画の報告によると05年の世界の水銀需要量のトップを占めるのが「小規模金採掘」(21%)。開発途上国では金採掘の過程で水銀が使用されるが、健康、環境両面の対策は不十分である。

 また、水銀は廃水だけでなくガスとして大気中にも排出される。排出源ごとの大気排出量(10年)は、1位が小規模金採掘(37%)、2位が化石燃料燃焼(25%)。地域別では1位がアジア(49%)、2位がアフリカ(17%)で、途上国の対応が遅れている。
 水銀は一度排出されるとほとんど分解されず、国境を越えて大気中、水系、土壌、生物の間をさまざまな形態で循環する。移動と蓄積を繰り返し、しかも微生物代謝によって水俣病を起こしたメチル水銀に変化し魚類などにため込まれる。地球規模での水銀対策は急務である。

 『対応迫られる日本』
 『輸出制限受け余剰水銀の保管が問題』


 水銀水俣条約は、先進国と開発途上国が協力し、水銀の供給、使用、排出、廃棄の各段階で総合的な対策を取ることをめざす。
 条約制定の過程で水銀規制への理解は広がり、10月の外交会議には約140カ国・地域が参加の予定。特に、世界最大の水銀利用・排出国である中国や、化学物質規制に関する条約を批准してこなかった米国が、条約の交渉段階から参加した意義は大きい。

 条約名の「水俣」について蒲島郁夫熊本県知事は「反対意見があることは承知。水俣病の教訓と現在の水俣の姿を情報発信し、外交会議を世界的な水銀規制の出発点と受け止めてもらえるよう理解を求めていく」(2月の県議会定例会)と述べている。
 日本の水銀需要は約50年前の年間約2500トンから近年は約10トン程度に激減した。カセイソーダ製造の非水銀法への転換や、乾電池の無水銀化、体温計や血圧計の電子化など技術革新で達成した。
 水銀の回収・リサイクルも進み、企業の自主回収や自治体の分別回収で集まった使用済みの水銀含有製品は適切に再利用、処理・処分されている。

 しかし、回収された水銀の多くは国内需要が少ないため余剰となる。それがアジア諸国などに過去10年間で年間50トン〜250トンも輸出されている。条約が発効すると輸出が規制されるため、世界有数の水銀輸出国・日本は余剰水銀を国内で安全に保管する必要に迫られる。
 同時に、水俣病の教訓を生かすため、特に途上国への技術支援などに積極的に取り組む必要がある。

 『江田康幸衆院議員に聞く』
 『予防原則で被害の拡大防ぐ』


 水銀水俣条約は、鉱山からの水銀産出から、水銀を使った製品の規制、国際取引、さらに汚染地の管理にまで及ぶ水銀のライフサイクル全体にわたる規制をめざしている。これは有害化学物質を規制する条約として初めてのことだといわれている。これからの国際的規制のモデルになり得る。
 また条約の前文で、環境汚染に関する原則として「予防的アプローチ」が確認されたことも重要だ。

 水俣病の被害が拡大した理由は、水俣病の原因がメチル水銀と指摘された段階ですぐに汚染源を突き止め、排出を止めなかったことにある。「予防的アプローチ」ができなかったためだ。
 開発途上国では、有害性の知識がないまま水銀が小規模金採掘などで使われている。開発途上国の条約加盟を広げることが水銀規制の成功のカギとなる。

 <水銀水俣条約までの経緯>
 1956年 5月  水俣病を公式確認(1日)
   68年 9月 「チッソ水俣工場のメチル水銀が原因」との政府見解発表。公害病と認定
   74年 9月  認定患者に医療費などを支給する公害健康被害補償法が施行
   95年12月 未認定患者に一時金 260万円を支払う政治解決策を閣議決定
 2001年 2月  国連環境計画(UNEP)が水銀汚染に関する活動を開始
   09年 2月 UNEP理事会で水銀管理のための条約制定で合意。
          そのための政府間交渉委員会を設置
       7月 未認定患者救済の特別措置法が施行
         (10年4月に一時金 210万円などの救済策を閣議決定)
   13年 1月 政府間交渉委が条約案で合意。名称は「水銀水俣条約」